私の責任じゃありません
現代の若者は、個人的な責任意識は強いが、連帯責任は薄いようだ。これも核家族化や個人主義が浸透してきた表れなのだろうか。しかし、自分の組織の中にそういう人間が増えることは、かなり問題である。
「私はきちんとたっているんですよ。」
先日、私がある会社に品物を注文したのだが、なかなか届かない。そこで、どうなっているのかと電話で問い合わせた。対応に出た女性は「それは誰は注文を受けたのでしょうか」と聞いてきた。こちらは、その会社にちゅうもんしただけで、いちいち担当の名前は確認していない。
1837 バードロップイヤリング
「それじゃすぐには分かりませんね。少しお待ちください。」
待つこと五分。やっと注文書を発見してもらい、再度送るように頼んだ。しかし、いくら待っても商品が届かない。そこで、また電話。
「ああ、あのお客様ですね。まだ届きませんか。おかしいですね。少々お待ちください」と数分待たされ、「あの注文書ですが、私はきちんと配送担当者にまわしているんですよ。多分、配送のほうでミスがあったんだと思いますけど……」

ここまで言われたことで、さすがに忍耐強い私も「もう要らない」と電話を切ってしまった。結局彼女は自分の蒸すではないという理由から、一度も客に謝らなかった。客にとっては他の担当者だろうが配送係だろうが関係ない。商品が届かないということで、会社にたいしてクレームを言っているのだ。そんなことも分からない人間が社会人になるのを防止する法律がないのが残念だ。








